2025年12月31日水曜日

Thank You, 2025

2025年も今日で最後。
今年はどんな一年だっただろうかと振り返る。

とにかく忙しかった、というのが正直な気持ち。
こんなに忙しい一年は、これまででもなかった気がする。
その反面、やりたいと思っていたことは出来なかったことも多く、 それがとても反省だったりする。

良かったことももちろんあった。
FREEFUNKのライブは2月に自分のBD、バンドの29周年というタイミングで
開催。
誕生日を祝ってもらい、とても良かった。



4月にはヨースケ主催のビリー・プレストン・トリビュートライブにも参加。
ビリーの曲をちゃんとまとめて演奏に取り組んだのは初めてだったけど、
どれも好きな曲ばかりで、すごく良いライブだった。
メンバーも素晴らしかった。



連休の頃には岐阜に帰省。
久しぶりに同級生の友人たちとゆっくりと話すことも出来て、
これも楽しかった。
みんな年齢相応になりつつも、元気でなにより。



毎年恒例となったプリンス・トリビュートライブも大盛況。
サイモンガー・モバイルのお二人とここで共演出来なかったのは残念だが、
お二人が豊橋に移住をする決断を迫られる時期でもあったし、
致し方ない。またきっと一緒にライブできると思う。



秋にはジョージ・クリントン率いるP-FUNKが来日ライブ。
同世代のミュージシャンが亡くなったり、引退をする中、変わらず元気なジョージの姿に
心から感動をした。
そして、我がギターヒーロー、マイケル・ハンプトンとも再会。



11月にはFREEFUNKの年内最後のライブだったが、
ここでサイモンガー・モバイルとも共演出来たので、良かった!



今年は、年末まで多くのミュージシャンを見送る年だった。
ロバータ・フラック、ロイ・エアーズ、スライ・ストーン、スティーブ・クロッパー・・・。
マリアンヌ・フェイスフル、クリス・ジャスパーや他にも多くいる。
世代的なことを思えば仕方ないのかもしれないが、寂しい。
嘆いてばかりいても仕方ないので、”pass it on" の精神、
受け継いで次に渡す、を自分なりにできれば良いなと思っている。

年末のライブ後に少し体調を崩してしまい、風邪っぽかったけれど、 ゆっくり寝ることで少し回復出来た気がする。

来年は良い一年にしたいし、
忙しかったとしても、自分の時間をしっかりと確保して、
したいことや行きたいところに出かけたい。
来年こそは旅行にも行きたい。

FREEFUNKはバンド結成30周年になる。
記念すべきこのタイミングをお祝いできればと思っている。

2025年12月30日火曜日

2025年ライブは全て終了!

28日の渋谷WOODSTOCKでのライブでもって、年内のライブは全て終了。
締めくくりのライブは、ファンカデリックからディアンジェロを繋ぐような選曲コンセプトで、
2ステージを演奏した。

P.Funkの曲は普段からFREEFUNKで演奏することも多いが、
今回はファンカデリックに特化し、初めてライブ演奏する曲も交えてみた。
個人的に手応えを感じたのは、「I'll Stay」あたり。
RH Factorでロイ・ハーグローヴが演奏したファンカデリックの1974年の隠れた名曲だ。
歌にディアンジェロを迎え、新たな時代のファンク・ソウルを奏でたのが印象的だった。

ディアンジェロの楽曲はヨースケが歌ってくれて、初めて演奏をしたのが、
「Lady」。
「Brown Sugar」はセッションでやったことはあったけれど、ちゃんと取り組んだのは今回が初めて。
「Feel Like Makin' Love」はFREEFUNKでもよく演奏をした曲だけど、
やっぱりかっこいい。

フレッシュなバンドメンバーと一緒に演奏を出来て本当に良かった。
WOODSTOCKは残念ながら年内で休業とのことなので、
また来年、違う場所で今回のようなファンクから90's R&Bを繋ぐライブをやれたらと思う。

DEC 28, 2025
FUNK & SOUL LIVE
venue: WOODSTOCK Shibuya, Tokyo

BAND:
Captain Freefunk (FREEFUNK) ...vocal & guitar
YoSUKEKID (Ebony-B) …vocal & keyboard
Sista Maki …vocal
Captain Nagisa …bass & vocal
Keiji Matsuo (Ebony-B) …drums
Taiki “Taikiri” Iwakiri… keyboard, vocal

set1
01. Thinking Of You [Tony Toni Tone]  02. Family Affair [Sly & The Family Stone] 
03. Heaven Must Be Like This [Ohio Players] 
04. Lady [D’Angelo] 
05. All Night Long [Erykah Badu] 
06. Good To Earhole [Funkadelic] 

set2
07. Cosmic Slop [Funkadelic] 
08. Funky Dollar Bill [Funkadelic] 
09. I’ll Stay [RH Factor, original by Funkadelic] 
10. Soul Mate [Funkadelic] 
11. Feel Like Makin’ Love [D’Angelo version] 
12. One Nation Under A Groove [Funkadelic] 
-encore-
13. Brown Sugar ※Band Introduction [D’Angelo] 


2025年12月23日火曜日

Japan Is The 51st State Of America (2025 mix)

昨日から、FREEFUNKの楽曲「Japan Is The 51st State Of America (2025 MIX)」を配信スタート。
この曲は新曲ではなく、もともと2000年にライブ会場限定で無料配布をした「Sampler CD」に
収録していた曲だ。
インディーズで1st CDアルバムを出す前に告知として、4曲入りの無料CDを作ったのだが、
1stアルバムには収録せず、その「Sampler CD」だけに収録をしていた。
楽曲の雰囲気が1stとはちょっと違う感じだし、曲自体も1998年ぐらいに作ったもので、
バンドのサウンドや音楽がちょっと変化をしていた時期だったから。

でも、ずっと眠らせたままにしているのは勿体無いというか、
自分の作った曲を録音までしたのに、なんとかしたいと考えていた。
ちょうどその「Sampler CD」からも25年経ち、すっかり忘れ去られているのなら、
FREEFUNKが30周年を迎える来年に向けて、いっちょ再発・再発掘をやろう!と思った次第だ。

タイトルからしても、結構ストレートに攻撃的な歌詞だと思う。
”日本はアメリカの51番目の州だ!”なんていうことだから。
でも、今の時代においてもその状況は対して変わってないんじゃないだろうか。
トランプに気に入られるかどうかで、日本の総理大臣の任期が長くなるだなんて、
なんとも馬鹿げた話だけど、今の総理大臣を見ても、そんなことになっている。

サウンド的には、今のFREEFUNKより、ずっと”フリー”なファンク志向。
この頃はアート・アンサンブル・オブ・シカゴとか、オーネット・コールマンとか、
いわゆるフリージャズを経由した音楽に夢中になっていた。
ファンクのグルーヴを作りながら、フリーにアヴァンギャルドに、という方向性だ。
ギターは差し詰め、「BODY META」の頃のオーネットのバンドだろうか。
ロスコー・ミッチェルとかも好きだったので、その影響も大きい。
楽曲のカバーに使ったのは、1999年あたりの西荻窪Bin Sparkでのライブ写真。
モノクロだけど、すごくいい写真だと思う! (photo by Ayako Sakuratani)
当たり前だけど、今よりずっと若い。
FREEFUNKまだ3年目。初々しさもちょっとあるかな。

メンバーは
Toshi "Captain Freefunk" (vocal, guitar)
Gonzo (bass, vocal)
Uratch (drums)
Heigo Toyoshima (percussions, vocal)
Atchi Toyoshima (trumpet, vocal)
Akira Takagi (sax, vocal)
という布陣だ。

主要な配信サイト(Spotify、Apple Music、Amazon Music、YouTubeなどなど)で聴けるので、
是非聴いてもらいたい。

配信リンク一覧はこちら

2025年12月18日木曜日

Happy Birthday, Keith!

今日12月18日は、ローリング・ストーンズのキース・リチャーズ、
82回目の誕生日。
これほどご長寿なロックンローラーになるとは、
1970年代には誰も思ってなかったはず。
自分がファンになった1980年代にはすでに初老の雰囲気だったが、
先日映画館で観たライブ「At The Max」の頃は、キース47歳。
現在の自分よりも若い。
いわば働き盛りの時期だった。

そしてつい数日前にSNSで流れてきたニュース。

ローリング・ストーンズ、2026年にUK&ヨーロッパでスタジアム・ツアーを行う計画を断念したことが明らかに

キースが長期のツアーには出れない、とのこと。
どうも関節炎を患っているようだ。
今のところ公式アナウンスではなく、関係者語るという類のニュースだけど、
キースの年齢を考えれば「そうなのかも」と納得してしまう。
公式なアナウンスが出るのかよくわからないけれど、
このことが一番辛いのは何より本人だろうと思う。

同時に、多くのファンが思うことは
「本当にご苦労さん、今までたくさんのライブをありがとう」
ということではないだろうか。
自分も、真っ先にそう思った。

自分の両親と同じような年代の人に、
何ヶ月も世界中を旅して、何万人という観客の前で2時間演奏をして、
稼いでこい!なんてとても言えない。
もう十分すぎるほど、我々は楽しませてもらったはず。

そうは言うものの、寂しいと言うのも事実。
できれば、録音物はまだ作ってほしいし、
叶うならば1回1時間、いや1960年代みたいに1回30分のショーでもいいから、
スポットでもやってもらえないだろうか。
元気な姿を観たいのだ・・・。

などと勝手な希望を書いたり言えるのも、
彼らが現役を続けてくれたから。
今年も多くの同世代ミュージシャンを見送った。
スライ・ストーン、ブライアン・ウィルソン、スティーブ・クロッパー、ジミー・クリフ・・・。
確かにそういう潮時なのかもしれない。

そんなふうに、少しばかり複雑な気持ち(Mixed Emotions)ではあるが、
心から言いたい、「Happy Birthday, Keith!」
いつまでも元気で、健康で!

2025年12月17日水曜日

祝!マザーシップ・コネクション50周年

今年の12月15日は、パーラメントの大名盤「マザーシップ・コネクション」発売から50周年!
なんとめでたい、記念すべきタイミングだろうか。
その割に、ジョージ本人達もあまり盛り上げてないような気がするので、
ちょっと残念ではあるが、もしかするとシングルヒット「Give Up The Funk」は
1976年に入ってからだし、いよいよ76年からは怒涛のP-Funk黄金期なので、
そこに向けて溜めているのかも、と期待。

「マザーシップ・コネクション」については色々なところで語られているし、
ファンクの名盤特集には必ずといって入ってくるので、
解説的なことは不要かと思う。

個人的な思い出を語ると、初めてこのアルバムを聴いたのが18歳の時。
JBやスライからファンクにのめり込み、音楽雑誌やレコード店で、
次なるファンクの名作を探して入手したのが、このアルバムだった。
UFOに乗った怪しげなブラック・エイリアン?のような出たち。
そして内容はというと、ミディアムテンポでじわじわと盛り上げていく、
そういうクールさがあった。
正直いうと最初は良さが今ひとつわからなかった。
ラジオDJ風に喋り出す1曲目はタイトルからして「P.Funk」とあり、
彼らの代名詞なのだということは理解したが、
何を喋っているのかよくわからない・・・。
でも途中でドゥービーがどうだとか、デヴィッド・ボウイがなんだとか言っている・・・。

でも、ベースのサウンドは既に1988年のキース・リチャーズのソロアルバムで、
ブーツィーが参加していたので聴いていて、これなんだ!と理解した。
ワウをかけたような不思議なサウンド。
せっかく入手したアルバムだからと繰り返し聴くうちに病みつきになる、
そんな感染力の強い音楽だった。

今では自分の音楽観や、人生すらをも変えた最重要の1枚だと断言できる。
そして「Give Up The Funk」は今だってバンドで演奏し続ける重要レパートリーだ。

P.Funkの歴史は確実にここから開花したのだと思う。
もちろん、ファンカデリックも自分にとっては重要で、
優れたプレイヤー主体のファンカデリックと、
コンセプチュアルで歌とホーンが主体のパーラメントは、
表裏一体、陰と陽のようなものだと思っている。

12月28日には渋谷のウッドストックで、ファンカデリックやディアンジェロの曲をたくさん演奏する。
今でもP.Funkは、自分にとってのど真ん中の音楽だ。
若い人にも、まだ聴いたことないという人にも、
全人類におすすめしたい音楽であり、
その最初の入り口としてこれ以上なく最適なのが、
この「マザーシップ・コネクション」だと断言する。

2025年12月10日水曜日

感激!偉大なるライブ1991 - Rolling Stones At The Max-

ローリング・ストーンズの1991年のライブ映画「At The Max」が
2日間限定上映されるというので、日比谷のTOHOシネマズで鑑賞をしてきた。

1989年から1990年にかけてストーンズは、久しぶりのワールドツアーを行い、
日本にも初来日。18歳で受験生だった自分は、受験の合間に3公演、
東京ドームに通った。
今でも忘れることのない、人生に多大な影響を与えてくれた今や”伝説”のライブだ。

そのツアーをIMAXで撮影した映画があることは当時、音楽雑誌で知ったが、
IMAXが何なのかよく知らなかったし、当時日本で上映されたのかどうかも、
よくわからないままだった。
ライブ映像はVHSか何かで観たと思うし、なにせ3日間通っただけに、
ミックやキースのステージアクション、派手なライブ演出はしっかりと記憶の中にあるつもりだった。

しかし、こうして35年越しの体験をすると全く新しい体験のように錯覚してしまう。
まるで自分がステージの上にいるかのような没入感は、さすがIMAXだし、
スクリーンの中のミックもキースも、ロンもビルも、そして亡きチャーリーも若い。
当時はすごく歳を重ねたように見えたが、今やこの映像の中のストーンズは、
今の自分よりも若いのだ。

適度にステージの裏側やスタッフ達も映り込むのも良い。
1981年のツアーを収録した映画「Let's Spend The Night Together」も
そういったシーンが多くあり、かっこよかったけれど、
「At The Max」のストーンズはむしろ健康的になり、唯一無二のロックバンドの貫禄を
見せつける圧倒的なパワーがあると思った。

35年越しの体感は、3日間通っても見れなかったことの答え合わせのようだったし、
自分の中に残る記憶や経験を、刺激してくれた。
本当に最高のライブ体験だった。
明日までの公開ということなので、本当にこれはおすすめしたい。

2025年12月7日日曜日

R.I.P. Steve Cropper、Phil Upchurch

今年はなんとも悲しい訃報が続く。
世代や、時の流れを思えば致し方ないのかもだけど、
やっぱり悲しいし心が痛む。

ソウルミュージックのギター奏者といえばこの人!
という代表的プレイヤーが同じタイミングで亡くなった。

一人はSteve Cropper。そしてもう一人はPhil Upchurch。
スティーヴ・クロッパーといえばスタックスの黄金期を支え、
映画「ブルース・ブラザーズ」でもバンドメンバーとして出演をしており、
多くの音楽ファンに愛される存在だった。
自分も、最初に知ったのは高校生の時にレンタルのビデオテープで観た、
オーティス・レディングやサム&デイヴのライブ映像。
バンドメンバーが変わらず、しかもギターとベースが白人プレイヤーで、
このバンドがMG'sということを知った。
同じ頃にビデオで観た、ジミヘンやクリーム時代のクラプトンのような
派手さはなかったが、グイグイとバンドの演奏が歌と一緒に盛り上がっていくのは、
これこそがソウルやR&Bの演奏なんだな、と理解できた。

映画「ブルース・ブラザーズ」はいったい何回観たことだろうか。
少し前に劇場で観る機会があったので、映画館でも楽しんだ。
人生のベスト3映画に確実に入る1本だ。
ちなみにベスト1は「ワッツタックス」なんだけど、これは70年代のスタックスで、
残念ながらクロッパーはここには出演していない。

2012年、まだ東日本震災から1年少しという時期に、
盟友ダック・ダンと共に素晴らしいバンドでブルーノート東京でライヴを観ることができた。
終演後にはご本人もいらして、サインをブルーノート東京の
コースターに書いてもらった。
そんな機会が無いと思っていたので、CDやレコードを持っていかなかったのだ。
気前よく、しかも日本語!で書いてくれた。
写真も撮らせてもらった気がするが、手元にはない。

英国のロックバンドをきっかけに、60年代のR&Bやソウルミュージックに夢中になり、
ファンクへのめり込んでいった自分にとって、クロッパー先生(と呼びたい)の
ギタープレイは、まさに学ぶべきスタイルであり、スタンダードそのものだった。
キヨシローの作品への参加も忘れられない。
メンフィスと日本を繋ぐ、重要人物と言えるかも。

フィル・アップチャーチもまた、ソウル・R&Bを支えた重要ギタープレイヤーだ。
元々はチェスレコードのハウスプレイヤーとして活躍をしていていて、
その後は自身のリーダー作品も多いが、やはり僕らにとってはダニー・ハサウェイの名盤「LIVE」で
ギターを弾いていることが大きい気がする。
オープニングの「What'S Goin' On」や「The Ghetto」など、
一体何度カバーしたことだろうか。
手数少なく、でも歌うように奏でるスタイルは素晴らしかった。

素晴らしいプレイは、これからも聴き続けられることだろう。
少なくとも、自分もこの先もずっとクロッパー先生やアップチャーチ先生の遺したものを、
ずっと聴いていくと思う。

↓クロッパー先生から貰ったサイン。大事にします。

2025年11月28日金曜日

12月28日はFUNK & SOUL LIVE PARTYで締め括り

FREEFUNKの年内ライブは11月で終わってしまったけれど、
年末最後12月28日に今年を締めくくる、スペシャルなライブを開催する。

バンドメンバーは、
YoSUKEKID(vo&key)、ケイジ(ds)、Sista Maki(vo)のいつもの仲間と、
今年のビリー・プレストントリビュートライブ以来の、
キャプテンなぎさ(bass)、たいちゃん(key)を加えた6人編成だ。

年末に何かやりたいね、というアイデアから発展し、
自分にとっての一番のルーツとなる70年代ファンク&ソウルから、
90年代のR&Bを繋ぐライブにしよう、と言うことになった。

選曲も終えて、実に面白い内容となる予感だ。
バンドメンバーも若い世代も交えているし、
YoSUKE、Makiちゃんとはもうかれこれ25年の付き合い。
阿吽の呼吸で演奏ができる。
なので、楽曲もしっかり演奏するけど、その場の雰囲気というか、
グルーヴ感に乗せて演奏は変わっていくと思う。

セットリストや雰囲気は・・・
今回のこの告知用のフライヤーで判断してくれ!というかんじだ。

2/28/2025(sun)
FUNK & SOUL LIVE Year End Party
-from 70’s to 90’s Funk & Soul Music-

open 18:30 start 19:00
charge 2,800 + 1Drink
venue Woodstock, Shibuya web

BAND:
Captain Freefunk (FREEFUNK) ...vocal & guitar
YoSUKEKID (Ebony-B) …vocal & keyboard
Sista Maki …vocal
Captain Nagisa …bass & vocal
Keiji Matsuo (Ebony-B) …drums
Taiki “Taikiri” Iwakiri… keyboard


2025年11月15日土曜日

FREEFUNK & サイモンガー・モバイルLIVE(11/9/2025)

先週の日曜日は新宿Golden Eggで、FREEFUNKとサイモンガー・モバイルのライブ。
サイモンガー・モバイルのお二人が豊橋に拠点を移す直前での、
都内でのライブということもあり、多くのお客さんが来てくれた。
サイモンガー・モバイルはこれからも東京でもライブをやるということなのだけど、
一つの区切りということになるのかな。

Golden Eggでの共演ライブは本当に数年ぶり。
おそらくコロナ前までが最後のタイミングで、
そのあとは2022年に大阪の7Peace周年イベントでご一緒したものの、
都内での共演はなかった。

サイモンガー・モバイルとは本当にいろいろとライブをやった。
Lady n@n@を交えたイベントも出てもらったし、
高円寺Jirokichiでも出演してもらったりした。
FREEFUNKのレコーディングには、サイモンガーさんが数曲参加をしてくれている。
とりわけ2021年の「FUNK MESSENGERS」では、
”P-Funkって・・・なんだ!?”という曲ではかなりフィーチャーさせてもらったり。

自分たちからすると、サイモンガー&ファンクという、日本後ファンクバンドの
先駆者として、常に背中を見てきたし、面白い!かっこいい!と
気になるバンドの中心人物として、尊敬の気持ちを今も持ち続けている。

こうやって共演ライブで、最高の夜を過ごせたことは他に替えようのない名誉だ。

また東京でも、あるいは豊橋や名古屋、岐阜あたりでも
共演をしたい。
来年はFREEFUNK30周年。
メモリアルな一年にしたいと思っているので、
そこにはぜひサイモンガー・モバイルの力も借りたいなと願っている。

2025/11/9 (SUN)
FREEFUNK set list

1. 人間解放戦線ブギー
2. Musicology [Prince]
3. Easy Listening Syndrome
4. 大丈夫 大丈夫
5. Let’s Make A Better World [Dr.John]
6. 紫の夜 Purple Night
7. PDCA (サイモンガー・モバイル)
8. 豆と毛糸(サイモンガー・モバイル)
9. Not Just Hot But Spicy
10. 自由自在
11. Thank You [Sly & The Family Stone]
encore
12. Flashlight [Parliament]

@freefunk

♬ オリジナル楽曲 - FREEFUNK

2025年11月2日日曜日

Lettuce Live!!

10月30日の夜は渋谷DuoでファンクバンドLettuceのライブ。
彼らのライブを観るのは随分久しぶりの気がする。
以前にFuji Rock Festival、Billboard Live Tokyoでの単独ライブを観たが、
それもかなり前でちょっと記憶が曖昧だ。
Fuji Rockの時は2008年のアルバム「Rage!」にも収録されていた、
カーティス・メイフィールドの大名曲「Move On Up」を演奏して、
爆発的な盛り上がりだったのがとても印象に残っている。

今回はDuoという至近距離で楽しめるライブで、
音像もすごく近い距離感のサウンドで最高だった。
JBやTower Of Powerのようなタイトなファンクはもちろん、
ミーターズとかも彷彿とさせるようなインストファンクも、
彼らの手にかかればお手のもので、見事だった。

Duoという会場の特性上、ぶっとい柱に阻まれて鍵盤とボーカル、
サックスの人は全く見えなかったので、しっかりと視界に入る、
ギター、ドラムス、ベースの三人をじっと見据えて楽しんだライブだった。

昨今はこういう自由度の高いインプロビゼーションも交えるファンクバンドが、 すっかり減ってしまったように思う。
ファンクを標榜するグループやアーティストはいるのだけど、
どこか型にハマっているというか・・・。
もしくは、日本に限らずだけどシティポップ的、メロウに寄りすぎる傾向がある。
その点、Lettuceはファンクの純度が高くて最高に楽しい。
カバーもある意味節操なく色々とやってくれるし、
ファンクって、こうじゃなきゃ!と確認させてくれるバンドなのだ。
もっともっと、こういうライブを堪能させてほしいものだ。


ライブ終了後は、ハロウィーン前日の渋谷の喧騒を抜け出し、
地元の武蔵小金井のお気に入りのワインバーへ。
美味しい料理と美味しいワインで、これまた最高の時間を過ごした。

いつも書くことだけど、最高の音楽と最高の食事。
これに勝る至福の時間、幸せはないなと思う。
素晴らしい夜だった。

2025年10月16日木曜日

Fly On, D'Angelo!

衝撃のニュース。
D'Angelo ディアンジェロが膵臓癌のために亡くなった。
数ヶ月前だったか、ライブ出演を体調不良でキャンセルしたという
ニュースがあったので、心配をしていたのだけど、
まさかこんなことになってしまうとは。言葉が出ないほどに衝撃だった。

自分の中でのディアンジェロは、
若きソウル・ファンクの継承者であり革新的なアーティストだった。
そして、年齢も近く、まさに”同時代を生きた”人だった。

最初にディアンジェロの音楽を聴いたのは、
1995年。彼のデビュー作「Brown Sugar」は大変な話題となり、
ラジオでもかかりまくっていた。
自分は音楽業界で働き始めた2年目で、当時働いた会社は輸入レコードの卸・販売を
メインとしていたので、勿論ディアンジェロのレコードはものすごく売れた。
Hip Hopやクラブミュージックが全盛の時代で、R&BもHip Hopの影響を受けたサウンドが
主流だったように感じていた。
その中でもディアンジェロの音楽は、勿論Hip Hopのテイストも強くはあったけれど、
どこか浮遊感のある独特のサウンドで、70年代のソウルミュージックの雰囲気を感じた。

その後数年はアルバムリリースもなかったので、正直忘れかけていたが、
2000年にリリースされた「VooDoo」は、時代を変える革命的な音楽だった。
スライの「暴動」にも通じるような、リズムの新しい捉え方を感じたし、
これは本当に新しいファンクだ、と強く感じたものだ。

その後は、断片的なリリースやゲスト参加曲はあったけど、
毎年のように「Dはアルバムを作っている、もう直ぐ出る」という
都市伝説だけが音楽雑誌や関係者の間で語られていたことを覚えている。

それから14年も経ち、突然のようにリリースされたのが「Black Messiah」だった。
「VooDoo」よりもさらにファンク度高く、独自のサウンド世界を作り上げた印象だった。
その後にまさかの来日ライブで、一度はSUMMERSONICで、二度目はパシフィコ横浜で
ライブを観ることができた。
元THE TIMEのジェシー・ジョンソンをギターに迎え、完全にファンクバンドとしての
立ち振る舞いが最高にかっこよかった。
夜空の下で聴いた「Untitled」は、今でも思い出すだけで鳥肌が立つ素晴らしい演奏だった。

同時代を生き、デビューからその最後までをも見届けてしまったことは、
良いのか悲しいことなのか、よくわからない。
多分その両方だ。

正直いってスライ・ストーンも、プリンスも。ディアンジェロもいない世界だなんて、
なんとつまらないのだと思ってしまう。
残してくれた3枚のアルバムはいずれも永遠の名盤。
これからも聴き続け、語り続けていきたい。

Fly On, D'Angelo!
Thank you for your music & creativity.

2025年10月5日日曜日

音楽映画三昧2「Becoming Led Zeppelin」

音楽映画三昧は続く。
今日は日比谷のTOHOシネマズで、「Becoming Led Zeppelin」を鑑賞。
ツェッペリン初の公式ドキュメンタリー映画で、
いかにこのバンドが生まれたのかを解き明かす内容だった。
語りは全てメンバー本人のみ。
関係者の証言だとか、そういうものは一切なし。
すでに亡くなっているジョン・ボーナムも生前の貴重なインタビューを
使用していて、話の流れはまるで一緒に語っているかのように自然だった。
ということで、完成度がとても高く、
素晴らしい音楽映画だった。
観たことのない貴重な映像が素晴らしいクオリティと音質で迫ってくる。
IMAXで鑑賞したこともあり、没入感が半端なく、
途中でダレる部分が全くなかった。

今ならAIやなんかで復元や創作できてしまうものもあるだろうが、
AIには頼らなかったというのも素晴らしい。

内容的には、ジミー・ペイジがいかにこのバンドを最高のロックバンドとして
成功させようとしていたのか、すごく計算していたことが理解できた。
ジョン・ポール・ジョーンズも、ロバート・プラントも、
率直に当時のことを話しているのも印象的だった。

映画はツェッペリンのデビューが大成功となり躍進を初めて行くところで終わる。
これはもしかすると、いずれ続編もあるのではと思った。
是非期待したいところだ。

明日からしばらくZEP三昧となりそうな予感。

2025年9月28日日曜日

映画「Electric Lady Stusios Vision」鑑賞

ここのところ音楽映画三昧だが、
そんなに長く公開されないだろうと思い、ZEPよりも先に、
昨夜は吉祥寺Uplinkで
「Electric Lady Studio Vision & Atlanta Pop Festival」を鑑賞した。

数ヶ月前に発売されたジミの編集コンピアルバム
「Electric Lady Studios」にも映像はブルーレイで付属していたが、
これはやはり映画館のスクリーンで観たかったのだ。

ジミが情熱を燃やした、自分のためのスタジオ作り。
クラブを改築するにあたり、色々と難航した経緯がとてもよくわかった。
ジミのスタジオの話は、自分がジミの音楽を好きになり夢中になった頃から
認識はしていたが、
当時の認識は、スタジオを作ることしたがなかなか上手く行かず、
スタジオができた頃にジミが亡くなってしまった、という程度だった。

この映画では、なぜスタジオの製作が遅れたのか、またどういうスタジオを
目指していたのか、かなり鮮明にわかりやすく取り上げてくれている。
キーマンとなる人たち、エディ・クレイマーはじめ多くのスタッフたちの
情熱にも支えられていることを知ると、胸が熱くなった。
今もエレクトリック・レディ・スタジオは多くのミュージシャン達に愛されている。
数多くの名盤を生み出した、名門スタジオと言って良い。
初めてニューヨークに行った20代の頃、スタジオの前で写真を撮った。 もちろん中には入れないんだけど、少しばかりジミの魂に近づけたような気がした。

ミュージシャンが自らのスタジオをもち、自由に音楽制作を行う。
今では当たり前のことだけど、60年代の終わり、自らのスタジオを所有したミュージシャンは
ほとんど居なかった。
ビートルズやストーンズだって、EMIやオリンピックスタジオを使用していた時代だ。

残念ながら未完成となってしまったジミのアルバム「First Rays Of New Rising Sun」では、
何本ものギターを重ねたりした曲が多い。
溢れ出るアイデアをどんどんと形にしていたのだろう。

ジミの創造性が溢れ出てしかたないという、このアルバムと、
先のコンピ、そしてこの映画で全てが繋がって、あらためて感動をしてしまった。

2025年9月23日火曜日

音楽映画三昧

先日のピーター・バラカン・ミュージック・フィルム・フェスティバルに続いて、
音楽映画を立て続けに鑑賞している。

まず先週の土曜に観たのは、ミシェル・ルグランの映画。
ルグランの生涯を結果的に描いたドキュメンタリーで、
素晴らしい作品だった。
ルグランの功績を讃えつつも、舞台裏の彼の姿も捉えていて、
リハーサルで苛立つシーンなどはとても興味深かった。
それも含めて自分なんだ、というルグランからのメッセージだろうか。

東京JAZZとブルーノートで、ルグランのライブを体験できたことは
本当によかった。
年齢をかさねてもなお衰えなかった音楽家としての魂を、
間近で観ることができたのは何にも代え難い経験だ。

日曜にはDisney+で「SLY LIVES」を観た。
ようやく日本でも配信になったので、しっかりと脳裏に刻むべく観た。
こちらもルグラン同様、スライの功績への賛辞だけでなく、
天才の苦悩やスランプ、トラブルを描いていて内容がよかった。
やや目まぐるしい展開になるところもあったけれど、
全体としては良い出来と思う。
これこそ映画館の大きなスクリーンで体感したい一本だ。

そして今日は、やはりバラカンさんの音楽映画フェスで、
マリアンヌ・フェイスフルの短めのドキュメンタリーを観た。
若い頃の可憐で美しい姿も良いが、歳を重ねてからの
マリアンヌもかっこいい。
1990年代の初頭だったか、渋谷のクラブクアトロで彼女のライブを観た。
ギター一本だけのバックだったけれど、
それがかえって歌の説得力を増していたように思う。
黒いタイトなニットだかを着ていて、
歌って呼吸をするたびに胸が揺れ、
妙にドキドキしたのを覚えている。
声はしゃがれ、顔も皺が増えた中年のマリアンヌだったが、
それまで重ねてきた経験や人生が凝縮されたような、
凄みのある佇まいに圧倒された。

この後も、音楽映画が続くので楽しみだ。
今週からはLED ZEPPELINの映画も公開が始まるし、
THE WHOの「KIDS ARE ALRIGHT」、 ジミヘンのElectric Lady Studioに関する映画(これは以前の編集CDに付属していた)など、
自分の大好きなアーティストたちの映画が続々と公開になるので、
手際よく時間を作って観に行かないとと思っている。
大抵は2週間も公開されるとあとは早朝か、レイトショーのみに
なってしまうだろうから。

2025年9月16日火曜日

ピーター・バラカン・ミュージックフィルム・フェスティバル

昨夜はFREEFUNKライブ。
ここ最近忙しくて、あまり新ネタは投下できなかったけれど、
じっくりとオリジナル多めの内容でやってみた。
久しぶりに演奏をした「P-FUNKって・・・なんだ!?」は、
桃花が不在なので自分で全部歌うのは結構忙しかったけれど、
やはりこの曲は楽しい。
先日のP-FUNK来日を観て、改めて盆踊りや祝祭に通じるものがあったので、
そんな思いも込めて。


そして今日は午前から有楽町にでかけ、
ピーター・バラカンさん主催のミュージックフィルム・フェスティバルへ。
音楽を題材とした映画の上映フェスで、さまざまな音楽映画が期間中に
上映される。
なかには日本で公開されたことのないものや、映画館では初めてというものがあり、
これは!と思い立ち思い切って2本立てで観てきた。

1本目はニュー・オリンズの名ピアノプレイヤー、ジェームズ・ブッカーの映画。
彼の作品は大好きで、家でよくかけて聴いていたが、
詳しい生い立ちや人生についてはよく知らなかった。
この映画ではジェームズの人生や在り方はとてもよくわかったし、
改めて特異な才能だったのだと感じた。
ニューオリンズを代表するプレイヤーでありながら、はみ出してしまう
強烈な個性と才能は唯一無二だし、
ワン&オンリーとはこのことだと思う。

そしてもう一本観た映画は、メイヴィス・ステイプルズの映画。
原題はそのまま「MAVIS!」。
これは本当に映画として最高だった。
18〜9歳のころにソウルミュージックを聴き始めたとき、
ステイプルズ・シンガーズの音楽に圧倒され大ファンになった時以来、
最高のシンガーとしていつも心にあるのがメイヴィスだ。
今も元気に活動をしてくれているのが本当に嬉しいが、
この映画を観て、改めてメイヴィスの素晴らしさを強く認識した。

映画の中で出てくるボブ・ディランとの件は最高すぎる。
珍しくテレビのインタビューに答えているボブも貴重だが、
アル・ベルなんかも登場してきて、素晴らしい。

ハイライトは、未発表に終わっていた父親ポップス・ステイプルズの
最後の録音をスタジオで聴くシーンだったと思う。
思わず涙がこみあげてくる、素晴らしいシーンだった。

映画を2本立て続けに観るなんて、ここ何十年もしていなかったけれど、
素晴らしい音楽に触れることができて、とてもよかった。


このイベントはクラウドファンディングもしていたので、
開催にあたっては大変な点もあったと思うけれど、
ぜひ続けてほしいし、また通いたいと思う。

自分が映画館で観たい音楽映画を挙げておいてみる。
書いておけば、もしかしたらいつか実現するかもしれないから・・・。

1. Wattstax
これは以前にも映画館で観ることができたけれど、もう一度観たい!
マイベスト・ムービーだ。

2. Soul To Soul
70年代の音楽映画で、ここにもステイプルズ・シンガーズは登場する。
The Voices Of East Harlemなんかも登場して最高にかっこいい。
これも18〜9のころにビデオテープを借りて夢中で観ていた。
DVDも持っているが、ロバータ・フラックが完全カットされてしまっているのが残念。
ぜひ映画館で観たい一本だ。

3. SLY LIVES!
もうすぐDisney+でも日本で配信となる、スライの伝記映画。
もちろん配信になればすぐに観るけれど、できれば大きなスクリーンで、
映画館で観たい。
NetflixしかりDisney+しかり、自分たちのプラットフォームで配信だけじゃなくて、
映画館でも公開をしてくれたら嬉しいのだが。

他にも色々あると思うけれど、
とにかく映画館の大きなスクリーンで体感するのが、音楽映画としては最高のシチュエーションだ。

2025年9月7日日曜日

George Clinton & Parliament Funkadelicライブ、祝祭の空間

昨夜はビルボードライブでジョージ・クリントン率いるP-Funk軍団、
Parliament Funkadelicのライブへ。
昨年9月のBlue Note Jazz Festivalから1年での来日ということで、
こうして毎年ライブを体感できることは他に変え難い喜びだ。
スライ・ストーンも亡くなり、FUNKを司る人物はジョージ・クリントンだけとなった。
ブーツィー・コリンズも元気ではあるがライブは引退してしまったので、
体感できる機会があるのはジョージ・クリントンのみと言える。 もちろん他にもまだ活躍している素晴らしいミュージシャンやグループはあるのだけど、
ライブの空間やその瞬間を、特別な祝祭に変えてしまうのは、
昔も今もジョージ・クリントンが格別だ。

ジョージは椅子に座っている時間は長くなったけれど、
それでもバンドに対して指示を出し流れを作っているし、
客席を煽りながら時折立ち上がってシャウトする。
もはや歌ともラップとも言えない独特のパフォーマンスだけど、
それがまたワン&オンリーで良い。

「BOP GUN」からスタートしたライブを観たのは、2002年のフジロック以来の気がした。
そして我がギターヒーロー、マイケル・ハンプトンの演奏が素晴らしかった
「RED HOT MOMMA」には感激だった。
マイケルが新調した、クリーム時代のクラプトンのGibson SGを”Kidd Funkadelic"仕様にした
ギターもカッコよかった。

ライブの最中でブランディがまるでマルディグラのように、
客席に投げたビーズのネックレスをキャッチすることも出来た。
あの演出もなかなか楽しかった。

こうなれば、毎年日本にきてライブをやってほしい。
P-Funk特有のあの祝祭感、自分はそれを”盆踊り”に通じると思っているのだけど、
若い世代にも伝わっていってほしいし、永遠に終わらないパーティーとして、
記憶に刻まれて行くのだと思う。
こちらもまだまだ元気に体力つけて応じていかなくては、と思うぐらいだ。

終演後にマイケル本人から最新のCDを購入。
再会できて本当に嬉しい!




























ジョージが元気そうで本当に嬉しい。
文字通りジョージこそがファンクの帝王、No.1だ。



2025年8月22日金曜日

アリシア・キーズ Live

19日の夜は、国際フォーラムでアリシア・キーズのライブ。
SUMMER SONICで来日していたが、これとは別に単独公演も開催をしてくれた。
サマソニは行きたいけど、なかなか都合つかずだったので、
ありがたいことだ。

ライブは75分ほどのややコンパクトな尺だったが、
おおよその代表曲は全部詰め込んでくれたのでは、といぐらい
怒涛の流れで、それも素晴らしかった。

自分にとっては最高に嬉しかったのは、
プリンスの名曲「How Come U Don't Call Me Anymore?」をフルサイズで演奏してくれたこと。
もちろんアリシアのデビューアルバムの中の代表曲でもあるけれど、
こうしてライブで聴けることの幸せを強く感じた演奏だった。

ピアノを弾き、時にハンドマイクでステージ前方に出て
客席に歌いかけるアリシアは、活動歴四半世紀のヴェテランだが、
フレッシュさも失わない輝きのあるシンガーだと感じた。

アンコール最後の「If I Ain't Got You」も素晴らしかった。
2000年代R&Bの大名曲で、歌い継がれていくようなマスターピースだと思う。
なんでも日本には10日間近く滞在して、金沢や三重にも足を運んだそう。
漫喫をしてくれて、それがインスピレーションになったり、
また日本にきてライブをしてくれるきっかけになったら嬉しいことだ。

2025年8月17日日曜日

敗戦から80年の夏に思うこと

8月15日を少し過ぎてしまったけれど、
敗戦から80年という節目は、とても大きなことなので書き記しておく。

日本にとって8月は鎮魂の季節だ。
広島、長崎の原爆投下。8月15日の敗戦。

5年前の、敗戦75年のタイミングでも書いたことだが、
自分が今の年齢になってみて、戦争はついこないだの出来事だったのだと思うようになった。


自分が生まれた1972年は、敗戦からたったの27年後のこと。
今の自分の時間感覚で言えば、そんなに古いことではない。

あの有名な横井庄一さんがグアムから帰国した年であり、
沖縄がアメリカの占領下から日本に復帰した、そんな時代だ。
戦争がまだ終わったわけではなかったことが、よくわかる。

しかし、80年経ち当時のことを知る人たちも少なくなってきている。
入れ替わるように、人々を煽り、排外主義や核兵器保有を主張する連中も出てきた。
大したことない、などとたかを括っていては、
あっという間に世の中の空気は変わってしまうことだろう。

戦争や核兵器など最悪だ。
アメリカの大統領は、ノーベル平和賞がほしいからか、
ウクライナとロシアの停戦に乗り出しているが、
当事者のウクライナ抜きで領土交換だの和平調定だのと、
かなりいい加減なことをやっている。
その一方で世界最大の核兵器保有国で、原爆を唯一実戦に投入した国だ。
日本は自分たちが戦争で起こしてしまったことを直視し、
語り続けなくてはいけないし、
原爆や無差別の爆撃で多くの市民が死んだと言うことを、
ずっと言い続けていくべきだと思う。

5年前も日記に記した、玉音放送。
実際、国民の多くはその内容がすぐに理解できなかったという。
放送の後に、解説・補足の説明があり、
それで初めて敗戦を受け入れることを知ったという。

戦争のことは、これからもずっと語り続け、こうして記していかなくてはいけない。
激しく変わる世界情勢の中で、これから先も日本は迷走することなく、
平和を大事にしていく国であってほしい。

2025年8月8日金曜日

R.I.P. Eddie Palmieri

ラテン・ジャズ〜Salsaの礎を作り上げた巨人、Eddie Palmieriが亡くなった。
御年88歳。
ジャズ、アメリカにおけるラテンミュージックでの功績は計り知れない。

ラテンミュージックには決して深く造詣があるわけじゃない自分にも、 彼の音楽はバッチリ届いたし、「Harlem River Drive」を経由して
ファンクやレア・グルーブの視点でも見逃せない巨人だった。

個人的に好きなアルバムは1968年の「Champagne」。
ジャケットのクールさも相まって、夏のこの時期にはとりわけお気に入りで
よく聴く一枚だ。



この中の収録曲「Twist Africano」なんて、最高にダンサブルな曲だ。




アメリカにおける多様性、雑多に混ざり合っていく文化の強さの象徴のような人だった。
現在のアメリカを、エディはどう思っていただろうか。

素晴らしい音楽を本当にたくさん、ありがとう。

Rest in peace, Eddie Palmieri.
Thank you for your great composition & music!

2025年7月27日日曜日

Thank You Sammy's BD wish live!

昨日7月26日は渋谷nobで、Sammy BD wish & 25th Anniversary Live!
お祝いに駆けつけてくださった皆様に心から感謝。
共演してくれたヨースケ、マキちゃん、sueちゃんにも本当に感謝!

四半世紀に渡って一緒にバンドをやり続けることができるのは、
本当に嬉しいこと。
友達付き合いでも仕事でも、なかなかそんな時間を一緒に共有することが少ないと思う。
その点は本当にFREEFUNKは誇りだし、皆最高の仲間だ。
それなりにいい大人になったので、頑固だったりすることもあるが、
まだまだFUNKを極めることに一緒になれるのではと思った。

来年はいよいよFREEFUNKも30年となり、大きな節目になる。
色々なことが変わり、変わらないことももちろんあり、
自分たちなりのFUNKを鳴らすことができれば最高だ。
それにしても、なんだかライブへの評判もよくて嬉しい。
初期の曲がいつもより多かった?のかもしれないけど。

うさぴょん=SAMMY、Happy Birthday!

2025年7月15日火曜日

Go Vote!

来週の日曜日は、参議院選挙の投票日だ。
3連休の合間という、皆が嬉しくないタイミングにしたのは、
選挙にあまり来てほしくないからだろうか。
期日前投票があるけれど、ギリギリまで考えたい人もいるはずだ。

数年に一度の選挙だけど、今の政治状況を見る限り、
政権選択の重要な選挙となるのは間違いない。
そして、思えばこの30年、まともに機能しなかった政権与党には、
もうオサラバと言うしかないのだけど、
気がつけばいかがわしい政党が色々出てきている。

ともあれ、懸命な選択をするしかないので、
必ず投票には行く。

選挙というのは、限られているけど重要な権利。
どうか多くの人たちが棄権することなく、自分の意思表示をしてほしいし、
懸命な選択をしてほしいと願う。

2025年6月21日土曜日

祝「SOUL JOINT」リリース30周年

今日はORITOさんのデビュー日。
デビューアルバム「SOUL JOINT」が発売されたのがちょうど30年前の
1995年6月21日だった。

当時、雑誌でこのデビューのことを知り(多分BLUES & SOUL MAGAZINEだった)、
すごい日本人がいたものだと感心した。
メンフィスに乗り込み、あの伝説のプロデューサー、Willie Mitchellに直々に
プロデュースをしてもらったのだという。
先駆者としては忌野清志郎がいて、ソロアルバム「MEMPHIS」は前編メンフィスで、
スティーブ・クロッパーらを迎えたアルバムだったが、
ORITOさんはまだデビュータイミングだから、なんの実績も知名度もない。
そんな中でメンフィスで録音をして、しかもハイ・レコードの名プロデューサー、
Wille Mitchellというチョイスは、ソウルミュージックの王道にして
日本人の快挙というほかなかった。

今改めて、久しぶりに聴き直すと、完成度の高さに驚かされる。
ORITO SOUL REVIEWでも、このアルバムからの曲は多く演奏されてきた。
FREEFUNKでも「I Never Thought」は芽芽ちゃんの時代から歌い継ぎ、
桃花にも歌ってもらいアルバム「The Return Of Funkaphonics」にも収録をしている。

現在はApple MusicやSpotifyなど主要な配信サイトで聴くことができるので、
まだ聴いたことがない人は是非聴いてほしい。
30年前に、日本人が独りメンフィスに乗り込み、こんなすごいことを成し遂げたということを、
知ってもらえたら嬉しい。
そして彼が2008年に亡くなった後も、多くの仲間がORITOの名曲を歌い継ぎ、
今もそれぞれのライブで演奏したり歌っているということを知ってもらえたら何よりだ。


最後に、配信では見れないと思うので、
CDのブックレットに掲載されているWillie Mitchellの言葉を。

Orito's been to the studio several times - the very first visit was
actually 2 years ago. He saw my face an' started singin' Aretha Franklin's
"Ain't No Way." I said "Hey, here's a Japanese guy actually tryin' to sing R & B!"
But you know, I could tell this guy wasn't just trying to sing some R & B tune - he was
tryin' to express his own feelings. That's what makes a good singer.
the kinda thing that makes you wanna work together with a singer.

Once we started recording, we were lways puttin' a lot of pressure
on Orito, but he came through it all and proved himself an inrense worker.

This album is the result of the mutual collaboration of Orito and his friends here in Memphis.
and I'm glad to say it's one of the best works I've ever done.

Willie Mitchell

Otiroは何度かスタジオに来てくれたんだけど、最初の来訪は
実は2年前だった。彼は私の顔を見るなり、アレサ・フランクリンの
「Ain't No Way」を歌い始めたんだ。
私は「おい、日本人がR&Bを歌おうとしてるじゃないか!」って思った。
でも、この男はただR&Bを歌おうとしているんじゃなくて、
自分の感情を表現しようとしているのがわかったんだ。それは才能あるシンガーができることだった。
それこそが、自分が一緒に仕事をしたいと思わせることなんだ。

レコーディングが始まってからは、Oritoには常に大きなプレッシャーを与えたけれど、
彼はそれを乗り越え、素晴らしい仕事ぶりを見せてくれた。

このアルバムは、Oritoとメンフィスの彼の友人たちの協力による賜物だ。。
そして、これは私がこれまで手がけた作品の中でも最高の作品の一つだと喜んで言いたい。

ウィリー・ミッチェル