2020年5月12日火曜日

猫が教えてくれた音楽

先週末のこと。
長年の友人、幼稚園の時から数えて45年にもおよぶ付き合いの友人が逝ってしまったとお報せをもらった。
本当に悲しくて、涙があふれた。
振り返ってみれば楽しい思い出ばかりだった。
この日誌では音楽のことを書いてみよう。

中学生になると、みんな色々と好きな音楽を聴いたりするようになる。
我々はまさに洋楽全盛の時代で、MTVやベストヒットUSAを観て新しい曲やアーティストを知って、
レコード(まだCDメインになるギリギリ前ぐらい)を買ったり借りに行ったりした世代だった。

僕は最初はなんとなく周りの流行に押されて、ゴーストバスターズのテーマ(レイ・パーカーJrだ)とか、
なんとなく流行ってるヒット曲をテープにダビングしてもらったりして聴く程度だった。
でもある時、ドアーズやTレックス、ビートルズやローリング・ストーンズを聴かせてもらい、
そのかっこよさにびっくりしたのだった。
漠然と、今流行っている曲(当時、1986年とかそれぐらい)よりも60年代や70年代の古い音楽のほうがかっこいいじゃないか!
と感じたものだった。

やがて高校生ぐらいになると日本のアーティストもロックバンドやシンガーでかっこいい人たちがいることを知り、
少しずつ聴くようになった。待望のエレキギターも入手したから、ギターがかっこいいロックが好きだった。

その時期、友人は当時最盛期だったストリート・スライダースとかのレコードをほぼ全部貸してくれて、
これもカセットテープにダビングして聴いたりしていた。
ある時は、元ローザ・ルクセンブルグのどんとと永井さんが新しいバンドをやると教えてくれ、それがボ・ガンボスだった。
友人はある意味今でいうバンギャの走りみたいな感じで、マニアックなグループまで随分と詳しかった。
名古屋は独特のインディーズバンドも多かったから、そういうシーンを追っかけていたらしい。
「割礼」なんてバンドも教えてもらった。そちらはいまいちハマれなかったけど・・・(ファンの人ごめんなさい)。
ある時は名古屋のE.L.Lに一緒に山口冨士夫率いるティアドロップスも観に行ったことがある。
一緒に行ったって言っても、行きも帰りもバラバラで現地集合現地解散、みたいなそっけない感じ。
ちなみにその時のティアドロップスはドラムがチコ・ヒゲさんで、これは後に知ったが本来のメンバーだった佐瀬さんは一瞬辞めてたらしい。圧倒的な存在感の冨士夫ちゃん、クールでかっこいい青ちゃんにノックアウトされたのを鮮明に覚えている。
E.L.Lには色々見に行った。PANTAさん、大江慎也さんとか。

その前後でだったか、ザ・フールズというバンドは雑誌(宝島とかDOLLとか)そういうので読んで知って、どうも日本のストーンズらしいぞということで聴きはじめたが、すでに彼女はその辺も押さえていたし、名古屋のバンドでやはりザ・フールズと近いノリだったTHE GODというバンドも教えてくれた。

やがて僕は次第にリズム&ブルースやソウルに興味が向かい、
大学進学で東京に出てからは、この友人とそういう音楽の話をすることも無くなってしまったが、
ともあれ、高校生の時に色々と教えてくれた。
猫が大好きで、猫のようだった友人がそうやって音楽のことも教えてくれたのだ。

僕らは大人になり、おたがい家庭を持つ世代になり、自分たちの子供たちが
流行っていることや、流行の音楽(今時ならYouTuber)や、ゲームで盛り上がっているのを苦笑しながらも
微笑ましく親の目線で見る齢になった、そんな矢先だった。

それにしても、当時の音楽のことをちょっと思い出しただけでも、こんなに色々なことがあったなんて、
随分と忘れかけていたものだ。
訃報を受けて伝えた同級生たちにも、言われて思い出すような出来事もいっぱいあった。

逝ってしまったお報せには、好きだったという音楽の紹介もあった。
久しぶりに、そして最期に素敵な音楽を教えてくれた。



ほんとうに長い間、友人でいてくれてありがとう。
猫のように気まぐれで自由だったけど、ずっと仲良くしてくれた君のことは忘れない。

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