敬愛するJames Blood Ulmerが亡くなってしまった。
86歳、1940年生まれだったから、まさしくジャズ黄金期からの生き証人であり、
彼の存在そのものがジャズ、フリージャズ、ファンク、ブルーズだった。
自分がJames Blood Ulmerを知ったのは、18、9歳になる前後のころ、
ファンクに夢中になり、ファンクを感じるギタープレイヤーを
片っ端から探して聴いていた時期だ。
当時ミュージック・マガジン誌で「ブラック・ロック」特集という記事が掲載された。
ジミヘンを始祖とした、黒人アーティストによるロックを志向するアルバムを紹介する記事だったが、
そこにウルマーも紹介されていたのだ。
アルバムタイトルもそのものズバリ「Black Rock」。
ファンカデリックや、アイズリー・ブラザーズ、プリンスなどは
ある意味ジミヘン直系のアーティストとして認知していたが、
ウルマーはこの記事で知ったと思う。
興味が湧き、まだCD化もされていなかったので、
アナログレコードをディスクユニオンあたりで買った記憶がある。
そのサウンドはとにかく強烈だった。
いったい何をどう弾いているのか、さっぱりわからなかったが、
フリージャズやファンクが土台にあることは理解できたし、
ウルマーの歌声にも惹かれた。
やがてFREEFUNKというバンドを作った頃、
夢中になっていたのは、マイルス・デイビスやオーネット・コールマン、
そしてウルマーやDEFUNKTなんかの音楽だった。
時代性もあってファンクのグルーヴを基本にしながらも、
単なるダンスミュージック、ディスコミュージックではない、
魂と、創造性を解放していくような音楽に惹かれたのだ。
FREEFUNKの最初のCDに入っている「Funk Is Free」という曲では、
ギターソロをウルマーと同じギターチューニングにして
ソロを弾いてみた。
正直、まるでウルマーには足元にも及ばない出来だけど、
やってみたかったのだ。
ジミヘン、エディ・ヘイゼルなんかと並んで、
自分にとっては常に意識するギタリストだった。
思い出深いのは2000年、まだニューヨークのワールドトレーディングセンターに、
飛行機が突っ込む前のこと。
妻と二人でニューヨーク旅行に行き、
どうしても見たかったウルマーのライブがKnitting Factoryっで開催されるというので、
観に行った。
ベースは確かアミン・アリで、ドラムと3人編成の最小ユニットだったが、
ファンクとブルーズが混ざり合った、”フリー・ファンク”を聴かせてくれた。
最高だった。
あの時のライブは特にNGもなかったので、写真を幾つか撮っている。
まだフィルムカメラだったかもしれない。
家のどこかにネガがあるはずだ。
ウルマーの音楽、ギタープレイは多大な影響を受けた。
まさに彼の音楽は、フリーファンクを作るときの原点であり、
今もなおウルマー師によるハーモロディックギターの”説教=preach”の下にいる。
後年は、よりブルーズに傾斜していったウルマーだが、
ブルーズ路線もハマっており、自分はそれも好きだった。
数年前か10年ほど前か忘れたが。来日ライブの噂もあったが叶わず、
結局ライブで体感できたのはニューヨークでたった一度だけだったが、
それでも強烈に脳裏と耳に焼きついている感覚がある。
Apple Musicにも色々と配信されていたので、久々に聴き返しているが、
どれもかっこいい。
Arthur Blytheの作品に参加しているのも素晴らしい。
配信されていないアルバムや作品もCDやレコードでもっているので、
しばらくは彼の偉大な功績を讃え、聴き直そうと思う。
そしてやはり一言。
Rest In Peace, James Blood Ulmer,
Thank you for your great music!
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