2026年10月13日火曜日

音楽映画三昧

3連休の最終日の今日は、
有楽町の角川シネマに午前から向かい、先日まで開催されていた
ピーター・バラカンさん主催の音楽映画祭でも公開されていた、
2本の映画「マザー」と「ソウル・トゥ・ソウル」を鑑賞。
「ソウル・トゥ・ソウル」はつい先日観たばかりだったけれど、
何度でも観れる素晴らしい映画なので2本連続で鑑賞をした。

2本とも、大学生の頃、ソウルやファンクにのめり込んでいた時期、
高円寺のレンタルビデオ屋さんでビデオテープで借りて観た映画だ。
「ソウル・トゥ・ソウル」はその後DVDでも入手をしたので数回観ていたが、
「マザー」は30数年ぶりの鑑賞となった。

当たり前だが、両方とも本当に素晴らしい映画だった。
「マザー」で取り上げられるのはゴスペルシンガーのウィリー・メイ・フォード・スミスだが、 映画の現代は「Say Amen, Somebody」といい、
彼女だけではなく、ゴスペルの始祖とも言えるトーマス・A・ドーシーも
重要な人物として取り上げられている。

映画は1981、82年あたりに撮影されているので、
まだどこかに1960年代あたりの雰囲気を残しつつも、若い世代は少しずつ変化しており、
ゴスペルも商業化の中にあることが描かれていて興味深い。
30数年前に観たときは、ただただその歌唱力や音楽だけに惹かれていたが、
改めて映画を観て、ゴスペルの発祥や、教会に浸透するまでの困難などが
取り上げられており、非常に面白かった。勉強になったというべきか。

トーマス・A・ドーシーはもともとはブルーズを演奏する人だった。
数年前にNetflixのドラマにもなったマ・レイニーと組んでアメリカ中を廻っていた。
しかし改心をし、彼はゴスペルの道を進んでいく。
ブルーズから得た知識、音楽性が彼の作る楽曲へ活かされていく流れが実に興味深い。
ゴスペルとブルーズ、ずっとこの2つの音楽はコインの表裏のような、陰と陽のような、
そんな存在だと認識していたけれど、改めてその成立の過程が解像度高く見えたのが、
非常によかった。

この時代ならではの、フィルムの質感もすごく良い。
4Kでレストアされているようで、フィルム特有の粗さがあるのに、
すごく存在感、生々しさを感じる素晴らしい映画だった。

もう1本、「ソウル・トゥ・ソウル」は「マザー」より少し前、1971年の
アフリカの国ガーナでのライブイベントの記録映画だ。
冒頭から溢れ出すティナ・ターナーの迫力に圧倒される。
自分が好きなのはなんといっても、Voices Of East Harlemによるパフォーマンスだ。
「Run Shaker Life」シェイカー教徒の讃歌だが、これが超絶ファンクグルーヴで最高だ。
「I'll Take You There」でブレイクする直前のThe Staples Singersも素晴らしい。

メイヴィス・ステイプルズの歌声はグッとくるものがある。
このイベント当時、一番人気だったのがウィルソン・ピケットで、凄まじい盛り上がりだ。
名曲「Midnight Hour」や「Land Of Thousand Dances(ダンス天国)」で、
観衆は大爆発していく。すごい!

こういうドキュメンタリー映画で素晴らしいのは、音楽はもちろんのことだけど、
その当時のカルチャーもしっかりと記録されていることだろう。
人々のファッションや髪型、街の風景、話す言葉、話す内容など。
貴重な記録として楽しめる。

1970年代のソウル・ミュージックを扱った素晴らしいドキュメンタリー映画はたくさんあるので、
是非定期的に色々な会場で上映をしてほしいものだ。
「ワッツタックス」ももう一度映画館で観たい!!

2026年10月3日土曜日

Stevie Wonder 「Songs In The Key Of Life」50周年

1976年という年は、70年代の音楽が大好きな自分にとっては、
数多くの名盤が世に出された年だ。
ロックやソウル、ファンクに限らず、ジャズやレゲエ、その他色々と名盤が多い。
その中でもポピュラー・ミュージックの歴史上、最重要な1枚が、
スティービー・ワンダーの2枚組アルバム「Songs In The Key Of Life」だと思う。
スティービー自身にとっても、このアルバムは重要な作品だろうし、
多くの人々に今もなお愛される名曲がたっぷり詰まった、屈指の名盤だ。

その発売50周年を記念して、なんとこのアルバムからの未発表曲4曲が、
主要な音楽配信サイトで聴けるようになった。

楽曲は、
It's Easier
My Life Story Of Love
I Can See The Sun In Late December
I'm Into Livin'
の4曲。

最初の「It's Easier」イントロから心を掴まれる。
聴こえてくるスティービーの歌声は、このアルバムの頃のあの声。
4曲というボリュームも、ちょうど良いのかもしれない。
いや、欲を言えば何曲でも聴きたいけれど、
もっと!という気持ちを掻き立てるこのボリュームが良い気がする。
続きが聴きたくなる場合、「キー・オブ・ライフ」本編に戻ることになるから。
楽曲によっては、リズムボックスも使用されており、
もしかしたら最終形の録音ではないのかもしれないが、
そんなことが気にならないぐらい完成度が高い。
むしろ70年代のソウルミュージックであることを考慮すれば、
こういったアレンジで完成したと言えるのかも。

自分にとって、スティービー・ワンダーはポピュラーミュージックを
聴き始めたかなり初期段階で名前と歌声を知った人だった。
「Part Time Lover」とか「I Just Called To Say I Love You」、
そして何より「We Are The World」の中心的な人物という認識だったのだ。
高校生の頃だったか、地元の岐阜へ中継を繋いでライブを行うという企画もあった。
長良川の河川敷で映像を観た記憶がある。

でも、本格的に彼の音楽を聴くようになったのは、大学生となり、
ソウルミュージック、ファンクにどっぷりと浸かり始めた頃だった。
1970年代のスティービーの作品、「Innervisions」や「Talking Book」などを聴いて、
衝撃を受けた。
70年代初頭に、すでにスティービーは自分一人で演奏を重ねたアルバムを作り、
極めて完成度の高い独自の音楽を送り出していた。
その流れのなかで、「キー・オブ・ライフ」にも出会い、夢中で聴いた。
バンドでカバーをするようになったのは、もう少しあとだけれど、
「I Wish」だとか「Another Star」「Sir Duke」「Isn't She Lovely」なんて、
もはや定番中の定番ではないだろうか。

そんな名作の、隠されていた未発表曲。
初めて聴くのになぜか懐かしさが込み上げる、そんな感覚。
ヴィンテージではあるけど、味わい深い素晴らしい楽曲だ。

4曲ともどれも好きだけど、中でも2曲目の「My Life Story Of Love」が良い。

僕の愛の物語


これは決して叶うことのない、僕の愛の物語
僕をこんなにも切なくさせる、愛の空想
言葉にできない愛で、空っぽの魂を満たしながら
愛する人の心を、黄金のように輝かせておくんだ

彼女を連れ戻すんだ
僕の「愛の庭」に彼女を迎え入れ
彼女を僕のものにして
「愛の花」として咲かせてあげる

雨の日も晴れの日も
涙を洗い流しながら、僕らは微笑み合う
言ってることは愚かだって分かってる
だって夜が来れば、その日の愛も洗い流されてしまうから

これは決して叶うことのない、僕の愛の物語
僕をこんなにも切なくさせる、愛の空想
言葉にできない愛で、空っぽの魂を満たしながら
愛する人の心を、冷たくさせてしまうんだ

ああ、方法を見つけ出すよ
この愛の騒乱を終わらせるために
彼女を遠くへ連れて行くんだ
僕の「愛の海」にある宝物の中へ

雨の日も晴れの日も
涙を洗い流しながら、僕らは微笑み合う
友達は、空想なんてするなって言うけれど
(そう、だって真実は容赦なくその瞳を見つめてくるから)
だから僕はいつもこう言うんだ

これは決して叶うことのない、僕の愛の物語
僕をこんなにも切なくさせる、愛の空想
僕の人生の物語(決して叶うことのない愛の物語)
空想にふけって過ごす人生(僕を切なくさせる愛の空想)
僕の人生の物語、ああ(決して叶うことのない愛の物語)
現実の物語であってほしかった(僕を切なくさせる愛の空想)
でも僕の人生の物語は、僕を切なくさせる愛の空想なんだ
僕の人生の物語、ああ、これが私の人生の物語(決して叶うことのない恋の物語)
...

しばらくはこの4曲、そして「キー・オブ・ライフ」を繰り返し聴くことになりそう。

2026年9月23日水曜日

映画色々

シルバーウィークはずっと雨。
元々大した予定も組んでいなかったけれど、
観たかった映画、かつて観た映画をまた観る機会があったので、
2日連続で映画館に行ってきた。

まずは劇場版イデオン。
そう、富野由悠季監督作品のあのアニメだ。
アニメ版イデオンは、当時テレビでも観たが、
結局よくわからないまま終わってしまったし、当時小学生の自分には、
理解不能だった。

監督や制作フタッフが描きたかった結末を含めた、
劇場版2部作が池袋の文芸坐で上映だったので観てきた。
「皆殺しの富野」で知られる監督だが、これは確かに壮絶な結末だった。
出演者は全員死ぬ。というか、文明として滅びていってしまう。

「イデ」の力を巡って、偶発的に対立する異星人たちの戦争が描かれるが、
2026年の現代において、人間を超えてしまったAI、核兵器開発、大国間の戦争、
憎しみを増幅する戦争被害など、まさに我々が目の当たりにしていることが、
この映画では預言的に描かれているように思えた。

子供の頃よりもずっと深刻に心に刺さる映画だった。

そして今日は、吉祥寺へ「ドラッグストア・カウボーイ」を観に行った。
日本公開が1990年の秋だったから、自分がまさに18歳の時の映画。
上京して少しずつ慣れ、映画やアート、ファッションとか色々なことに
興味が行った時期にふれた作品だ。
主役のマット・ディロンはめちゃくちゃかっこよかった印象が残っていたが、
36年ぶりにスクリーンで観たマット・ディロンはやはり最高にかっこよかった。
物語はなかなか救いようのない内容だ。
でも、その悲壮感の中に、なぜか心が惹かれてしまう。
もちろんあんなドラッグ狩りには、賛同も共感もできないのだけれど。

映画のエンディングで流れたデズモンド・デッカーの「Israelites」が、
強烈に耳に残っていた。
今でもこの曲を聴くと、この映画を観た18、19歳の頃を思い出してしまう。
そういえば、この映画は誰と観に行ったのだっけ?
一人で行ったような気が・・・。
劇中のマット・ディロンに憧れて、バイト代で貯めたお金でレザージャケットを買った記憶もある。

両方とも、時代もコンセプトも違う映画だったけれど、
まだアナログぜ作られていた時代の、生々しさ、質感を感じた。

そんなわけで、連休最後にとても良い時間を過ごすことができた。